2008.10.05 Sun
虎次朗
皆様、すっかりご無沙汰してしまってすみません。
こちらにも登場させていただいたこともあり、皆様に報告しなくてはと思いながら、
なかなか決心がつかず、更新できずにいました。
2008年9月26日午前10時15分 文鳥の虎次朗が永眠しました。
享年5歳でした。
私はマンションの方に戻っていて、最期の時をともに過ごすことができませんでした。
若かりし頃の虎次朗。

まだくちばしも黄色く、羽根も満足に生えてない頃から育てた私の長男でした。

度々留守にする私が実家に帰ると、必ずカゴにしがみついて歓迎してくれました。

気が強くて、気に食わないと噛みつきにくるコでしたが、私の手や肩に乗るのが大好きでした。

若干調子っぱずれのお歌をいつも歌ってくれました。

朝自由に遊んでるとき、なぜか私のコップにとまったりもしました。

たあさんのことも少しも怖がらず、むしろたあさんの方が腰がひけてました。

具合が悪くなったのは今年の4月。
あんなにキレイだった羽がぼろぼろになってしまいました。

真赤だった目の周りが白っぽくなり、大好きなお歌も歌わなくなりました。

それでも小さな身体で精いっぱい闘った虎次朗。

不用意に手を入れたら攻撃だってしました。

そして再び美しい姿を取り戻しました。

でも。

もう止まり木にもとまれない状態になってました。

ご飯を食べに行くのも大変になってました。

でも、最期まで闘った虎次朗。
おそらく脳に腫瘍ができていたのだと思います。
身体が小さすぎて、手術することもできませんでした。
無理に薬を飲ますのもかわいそうで、何もしてあげられませんでした。
ごめんね、虎次朗。
私が辛い時期に支えてくれたのに、私は何をしてあげられただろう。
猫まで連れてきて、ごめんね。
でも大好きだったよ。
ありがとう。
本当に、ありがとう。
すみません、一方的に自分の想いだけ書いてしまいました。
ここまで読んでくださった方、ありがとうございます。
虎次朗をかわいいといってくださった方々、本当にありがとうございました。
虎次朗と、私は幸せ者です。
本当に、本当にありがとうございました。
こちらにも登場させていただいたこともあり、皆様に報告しなくてはと思いながら、
なかなか決心がつかず、更新できずにいました。
2008年9月26日午前10時15分 文鳥の虎次朗が永眠しました。
享年5歳でした。
私はマンションの方に戻っていて、最期の時をともに過ごすことができませんでした。
若かりし頃の虎次朗。

まだくちばしも黄色く、羽根も満足に生えてない頃から育てた私の長男でした。

度々留守にする私が実家に帰ると、必ずカゴにしがみついて歓迎してくれました。

気が強くて、気に食わないと噛みつきにくるコでしたが、私の手や肩に乗るのが大好きでした。

若干調子っぱずれのお歌をいつも歌ってくれました。

朝自由に遊んでるとき、なぜか私のコップにとまったりもしました。

たあさんのことも少しも怖がらず、むしろたあさんの方が腰がひけてました。

具合が悪くなったのは今年の4月。
あんなにキレイだった羽がぼろぼろになってしまいました。

真赤だった目の周りが白っぽくなり、大好きなお歌も歌わなくなりました。

それでも小さな身体で精いっぱい闘った虎次朗。

不用意に手を入れたら攻撃だってしました。

そして再び美しい姿を取り戻しました。

でも。

もう止まり木にもとまれない状態になってました。

ご飯を食べに行くのも大変になってました。

でも、最期まで闘った虎次朗。
おそらく脳に腫瘍ができていたのだと思います。
身体が小さすぎて、手術することもできませんでした。
無理に薬を飲ますのもかわいそうで、何もしてあげられませんでした。
ごめんね、虎次朗。
私が辛い時期に支えてくれたのに、私は何をしてあげられただろう。
猫まで連れてきて、ごめんね。
でも大好きだったよ。
ありがとう。
本当に、ありがとう。
すみません、一方的に自分の想いだけ書いてしまいました。
ここまで読んでくださった方、ありがとうございます。
虎次朗をかわいいといってくださった方々、本当にありがとうございました。
虎次朗と、私は幸せ者です。
本当に、本当にありがとうございました。
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